2010.02.11 Shangri-La

硝化の嵐さんを題材に物語を書いてみる。



「この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません」





第一話「Shangri-La」(シャングリ・ラ)




ここに来れば時が止まっているかのような感覚を覚える。



何年も雨曝しになった鉄が錆び、建物を支える木が腐食している。

いつまで建物を支えていられるだろうかと心配する。


何年も手入れされていない草が無造作に茂り、かつては道路だった場所も今は獣道(けものみち)と化している。



誰の気配も感じさせないこの風景、静けさ。

そう、ここは廃墟。



私は時間を見つけるとインターネットで廃墟のスポットを検索し、週末訪れる事にしている。

いつからこの習慣がついただろうか。何年もこれを繰り返している。



私は廃墟のなにに引き寄せられるのだろうか。自問自答する。

その答えをいつかは知ることができるだろうか。
知りたいという欲求と知った時の怖さに怯えいつも答えは出ずじまい。

だから考えない。理由など今はどうでもいい。




今日もこのいつもと似たような風景を写真に収めようとしている。

私はその風景を写真に収める時、賑やかだった当時の光景を思い浮かべながらシャッターを切る。

今は誰もいないここも、かつては人が集まりエネルギーがあったのだと想像しながら。




夏がいい。


廃墟を巡るには夏がいい。

蝉の声、真夏の太陽光線、突き抜ける青空。天まで伸びるど迫力の入道雲。

真夏の匂い・・・


あぁ・・・あの感覚がまた私を狂わせる。




・・・どうしても思い出せない。


あの少年時代になにかが起こったことは確かなのにそのなにかはぼやけたまま。


そのせいで私の心には大きな穴が開いている。

暗いどこまでも続く深い穴。

決してそれは埋めることは出来ない。

埋めようとしてもすべて穴の暗闇に飲み込まれてしまう。



満たされない。



決して満たされない私の心。







暑さに脳がやられ幻想と共に少年時代を思い出す。


すると決まってあの頃の自分がそこにいる。


「また会った」


現在の自分と少年時代の自分が対峙する。
簡単な事だ。あの頃を思い出せばいつだってこうすることができる。


彼はいつも聞き取れないほどの小さい声を発する。

なにかを訴えかけているのだろうか。私に話しかけるその幼い目はどこか悲しげだ。


でもどうする事もできない。
いつもの様に耳を澄ましてその声をなんとか聞き取ろうとする。

だめだ。

教えて・・・私にどうして欲しいの?

問いかけに答える彼の言葉はやっぱり聞こえない。




私はいつもと同じ所で見切りをつけ現実に戻る。



目の前には錆びだらけの鉄塔が建っている。

「どこから撮ろうか」

誰もいないのに独り言を言ってみる。


あまり数多くシャッターを切るのは好きではない。

動かないその対象物でも「瞬間」というものがある。

それは枚数を撮ればいいというものではない。
対象物と呼吸を合わせ一体化しここぞという時にだけシャッターを切るようにしている。


だから疲れる。
適当に撮った写真など想い出に残らない。

真剣に撮った数枚だけでいい。



気が遠くなるほど昔からこの鉄塔は存在していたのだろう。

私は手を伸ばし、鉄塔に触れた。



私が生まれるもっと前だろうか。三十年、四十年、いやもっと前かもしれない。


この鉄塔はずうっと同じ所でずうっと同じ景色を見続けてきたのだろう。



空に浮かぶ白い雲を背景に私はその鉄塔に向かってシャッターを切った。

「カシャー」

よく響く。


綺麗に撮れただろうか。撮れた写真はその場では見ない。決まって後日確認することにしている。
それまで待つこの楽しみはなんとも表現し難い。


私は次のスポットへ向かった。


十年以上前に廃校になった小学校だ。


木造一階立てのその小さな学び舎はこんな田舎にはちょうどよく似合う。

いい景色だ。

いい廃墟具合とでも言うべきかまさに私が望んでいた景色がそこにあった。


かつては整地されていたであろう校庭も今は荒れ果てている。穴ぼこだらけだ。


ここで運動会が行われていただろう。子供がかけっこしている姿が目に浮かぶ。
それを必死に応援する父兄の姿も今は誰かの写真の中に眠るだけ。


あぁ・・・いかん。またあの頃を思い出してしまうではないか。

私は必死に妄想をこらえ、校舎へと歩いた。


校舎の玄関はまるで私を迎え入れるかのように開いていた。

昼間といえど中は暗く下駄箱の棚で光が遮られている。


土足で校舎の中へと上がった。

床が腐りかけているのかみっしみっしと歩くたびに鳴った。


当時は子供が廊下を元気に走り回っていただろうな。


いくつかの教室を見て回る。まだシャッターは切らない。


理科室があった。教室の扉から覗くと人体の骨格標本が見えた。

不気味だ。まさか動いたりしないだろうな。


私は早くこの場を去りたい気分になった。

恐怖を感じてきた。呼吸が急に荒くなりはじめる。


怖い


この町に来てから誰にも会っていない。
もしかしたら私一人しかいないのかもしれない。


なにか恐ろしいことがあったらどこまで逃げればいいのだろうか。

さっきまで感じなかった恐怖感が突然私を襲う。



早くここを出よう。写真は外から撮ろう。

廊下の突き当たりは図書室だろうか。
本棚がいくつか見えた。


校舎から出る前に私はどうしてもそこへいきたくなった。

図書室へ寄ったらすぐに出ればいい。そう考えた。


ガラガラガラ

重く乾いた音が廊下に響いた。


本は当時のままか。

ガラスの割れた窓から入ってくる風でいくらか風化している。


そのまま中へと入りどんな本があるか見て回った。

子供の頃読んでいた本があるかもしれない。

さっきまでの恐怖はどこへやら、私は本の背表紙を目で追った。


何冊か見覚えのある本があり私は嬉しくなった。


子供の頃、よく本を読んでいたのを思い出した。



そういえば、あの本はあるのだろうか。

曖昧な記憶を頼りに本棚を移動する。


夢中になっていて気がつかなかったのだが、さっきから私の背中に視線を感じているのに気がついた。

一瞬背筋が凍りついた。


確かに視線を感じる。


私は本を探していた手を止めた。


今は振り向かない方がいい・・・


見てはいけないものがきっとある・・・



苦しい、呼吸が早くなる。



振り向いてはいけない。振り向いてはいけない・・・

自分の意思とは関係なく首がゆっくりと後ろへと向いていく。



まるで私の背後にいる何かに無理やり首を振り向かされるように。



(第二話へと続く)




To Be Continued・・・



第一話終わり/全48話


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